FAQ
愛知県・碧南市に関するレファレンス
昔、大浜にあった「狐塚」は、現在のどの辺りを指す地名なのか(2022.8)
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碧南市、1974(A318.3H)
②『新町名地番設定旧新対照表 昭和51年2月1日施行旧新川・前浜地域及び大浜・西端の一部地域』碧南市/編、碧南市、1976(A318.3)
③『航空住宅地図帳 碧南市’76』公共施設地図航空/編、公共施設地図航空、1976(A298)
④『愛知県碧海郡大濱町棚尾町土地寶典』大日本帝國市町村地圖刊行會、1934(A293)
⑤『碧南の民話』碧南民話サロン/編、碧南市民図書館、1993(A388)
⑥『大浜町誌』石川松衛/編、碧南大浜町、1929(A234.9)
⑦『碧南事典』碧南事典編さん会、碧南市、1993(A234.9)
⑧『碧南市史料 第1冊(第1集~第19集)』碧南市史編纂会、国書刊行会、1981(A298)
①②③④には地図が掲載されています。
⑤~⑧では、おおよその位置や、新旧の町名の対照がわかる資料になります。
昔の「碧南中央駅」の写真はないか(2021.8)
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②『碧海の昭和』樹林舎、2012(A234H)
③『碧海の今昔』樹林舎、2021(A234H)
碧南中央駅は、旧「新須磨駅」(大正4年開業)を知立寄りに100メートルほど移設し、昭和56年に開業。
①のP.116に、碧南中央駅と新須磨駅の写真と簡単な説明文があります。
②のP.204に名鉄新須磨駅という写真と、「開放的なデザインの駅舎は、壁を白く塗られ、おしゃれな印象で、新須磨海水浴場の玄関口にふさわしい建物だった」等の記載があります。
③のP.286には、「新須磨駅」のページ中に「碧南中央駅の」過去の写真と現在の写真が載っています。
中野四郎に関する資料が見たい(2021.2)
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②『私のアルバム』 中部経済新聞社/編、中部経済新聞社、1966(A280)
③『激流~中野四郎「血と汗と涙」の軌跡』 さきがけ新聞社/編、さきがけ新聞社、1983(A289)
④『中野四郎翁胸像建立記念』 中野四郎翁胸像建立発起人会、1987(A289)
⑤『碧南事典』 碧南事典編さん会/編集、碧南市、1993(A234.9)
①のp.31~33に、47歳頃の中野四郎の近況が書かれています。内容は、NHKの番組「国会討論」に出演時の中野四郎の様子です。
②p.278「市長まかり通る」というタイトルで、中野自身が書いた文章が掲載されています。内容は、碧南市長になった経緯と市長時代の業績に関する本人の感想です。
③は、叙勲を記念して作成された資料です。
④は、写真が多く掲載されています。
⑤p290~291に簡単な経歴などが記載されています。
碧南市の「山田」姓のいわれや、歴史について知りたい(2020.12)
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②『都道府県別姓氏家紋大事典 東日本編』千鹿野 茂/著、柏書房、2004(R288ト1)
③『碧南市史 第1巻』碧南市史編纂会/編集、 碧南市、1958(A234.9H)
④『碧南市史料 第3冊(第31集~第40集)』碧南市史編纂会/編、国書刊行会、1981(A234.9H)
①には、山田姓の略歴があり、②には、県内の山田姓の家紋からどの系統か簡単な説明が掲載されています。
③のp224-225「鷲塚の枝郷」の項に、「弘治二年(1556年)伊勢山田から山田右近衛門など三人がここの南部に移住し…」という記述があります。
また④の第35集「元海軍少将山田忠治伝」に、「氏の生家」として父母の来歴についても記述がありました。
石川丈山について書かれた資料や毛筆作品はないか(2020.11)
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②『石川 丈山』かみやもとみつ/著、安城市歴史博物館/編集、安城市歴史博物館 、1992(A289)
③『煎茶の世界』 安城市歴史博物館/編集、安城市歴史博物館、2007(A791)
④『丈山苑案内記』安城市教育委員会/編集、安城市教育委員会、1998(A290)
①②③に毛筆作品が掲載されていました。
油ヶ渕周辺の古い地図はあるか?おおざっぱなものでも良い(2020.11)
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油ヶ渕がどのていどまで伸びていたのかを知りたいとのことでした。
「いちじく」について、愛知県内の生産状況(作付面積・収穫量・出荷量)と、市町村別の栽培状況で碧南市が県内で何位なのか知りたい。(2020.6)
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②農林水産省HP「平成29年度特産果樹生産動態等調査」
③DVD『愛知の農業2020』 愛知県農業協同組合中央会、2020
①には栽培面積、出荷量、県内の市町村栽培状況として、「1位:安城市、2位:碧南市、3位:常滑市」となっているが、データの出典が平成23年、24年度のもの。
②には、栽培面積、収穫量、出荷量は掲載されているが、市町村別の栽培状況はなく、県内の主要産地名は「安城市・刈谷市・常滑市」となっている。
③の巻末の統計資料では、平成28年のデータですが、いちじくの作付面積、収穫量・生産量が掲載されているが、市町村別のデータは載っていませんでした。
明治時代、大浜村にいた医者・都築子文(しぶん)が書いた『三代頌寿録』という本が見たい(2019.1)
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①の本にご質問にある記述が記載されています。
当図書館には所蔵しておりませんが、文化財課 市史資料調査室で所蔵しています。
「大浜てらまちウォーキング」の始まりの経緯を知りたい(2018.11)
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上記の本の第6章(p.147~)、まちづくり施策の記述の中に、てらまちウォーキングについて説明があります。また、まちづくりの住民参画(p.160~)にも、開催の目的が載っています。
須磨町の町名の由来が知りたい。神戸の須磨となにかかかわりがあるのか?(2018.11)
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②『大濱町誌』 石川松衛/編、大浜町、1929(A234.9)
①には丁目の由来があり、大正三年に刈谷・大浜間に三河鉄道が開通した際、当時の社長が鉄道の繁栄の一策として、海水浴場を新設し「新須磨海水浴場」として宣伝したことに始まる、とされています。
②で「新須磨海水浴場」について調べると、〝沿岸一帯に老松があり、白砂青松にして風景絶佳は真に須磨の浦の面影があるから新須磨と名づく〟とありました。