愛知県・碧南市に関するレファレンス
碧南と知多半島の醸造(味醂など)と陶器(常滑焼)の関係についてわかる資料はあるか。(2026年1月)
①『碧南市史第2巻』碧南市史編纂会/碧南市/1970年/A234.9H
②『碧南市史第3巻』碧南市史編纂会/碧南市/1974年/A234.9H
③『三河のみりん』碧南市教育委員会文化財課/2022年/A588H
④『遥かなる衣ヶ浦のみなと』碧南市教育委員会文化財課/2012年/A683H
⑤『常滑窯誌』常滑市誌編纂委員会/常滑市役所/1974年/A573
⑥『常滑窯』杉崎章ほか/名著出版/1988年/A573
⑦『知多郡市下巻』知多郡役所/愛知県郷土資料刊行会/1972年/A264
回答…夜間の閉館間際だったため、回答できず。市史資料調査室があることをご案内した。
経緯…過去の記憶と“味醂”“常滑焼”“海運”をキーワードに資料を探す。①の695ページに常滑から陶磁器が移入されていたことが書かれている。②は味醂について書かれているが、陶器との関係は記述なし。③も碧南の味醂についての資料だが、陶器のことはとくに書かれていない。④も醸造と陶器の関係がわかるものはなし。⑤の164ページには味醂などを入れるための焼酎瓶についての記述はあるが、これが碧南に送られたとは書かれていない。⑥の85ページには荷船が碧南に航行していたとの記述はある。⑦にいは焼酎瓶についての記述がある。味醂を陶器に入れるようなったいわれが書かれているが、碧南に焼酎瓶が送られていたという記述は見つけられず。
碧南市源氏町5丁目の昭和57年の航空写真を確認したい(2025.9)
①『わが街航空写真集 碧南市2004保存版』 中日新聞社/刊 A293.4/H
②『航空住宅地図帳 碧南市 ’76 』公共施設地図航空/編 公共施設地図航空/刊 A298
③国土地理院空中写真閲覧サービス https://www.gsi.go.jp/tizu-kutyu.html
以上の資料を提供しました。①②については年が合わず、市史調査室に問い合わせたところ③を紹介して頂きました。併せて昭和55年の碧南市全図の航空写真なら市史調査室にありとのこと。
鷲塚にある天満社の由来について知りたい(2025.5)
①『神有の社寺と歴史 天満社・應春寺・照光寺』 碧南市文化財保護審議会委員∥編集 碧南市
②『わしづかの今昔 』 鷲塚区民館教養部∥編集 鷲塚区民館
③『碧南市史料 碧南市史料目録(七) 第67集(旭村誌)』 碧南市教育委員会文化財課市史資料調査室
以上の資料を提供しました。
愛知県の五平餅のいわれを知りたい
②『47都道府県・和菓子/郷土菓子百科』亀井 千歩子∥著 丸善出版∥刊
③『愛知県史 別編民俗3』愛知県史編さん委員会∥編集 愛知県∥刊
④『新修豊田市史 15 』新修豊田市史編さん専門委員会∥編集 愛知県豊田市∥刊
⑤『愛知県史民俗調査報告書 3』愛知県史編さん専門委員会民俗部会∥編集
愛知県総務部県史編さん室∥刊
⑥『日本の食生活全集 23』農山漁村文化協会∥刊
以上の資料でお調べしましたがいわれ(歴史)については記載されていませんでした。
鷲塚騒動について碧南市の研究者が書いた資料が読みたい(2024.10)
②碧南市史料 第4冊(第41集~第50集) 碧南市史編纂会∥編 国書刊行会∥刊
※①の第32集、34集 ②の第41集、45集、49集が該当
以上の資料を借りていかれました。
碧海郡明治村の地図が見たい(2024.9)
②『西端区碧南市合併50周年記念誌』西端区碧南市合併50周年記念事業委員会∥編、西端区碧南市合併50周年記念誌委員会
③『碧海の歴史』村瀬 正章∥著、松籟社
これらの資料を提供しました。
山中信天翁と富岡鉄斎の交流がわかる資料はないか(2024.5)
②『富岡鉄斎展』刈谷市美術館ほか/編、中日新聞本社、1987(A706)
③『山中信天翁物語』浅井 久夫/著、医療法人従天会山中従天医館 2008(A289)
④『山中信天翁』公益財団法人 天門美術館/企画・編集・発行、2018(A721)
これらの資料を提供しました。
北大浜村の分村についての資料はないか(2023.3)
②『碧南市史料 第1冊(第15集)』碧南市史編纂会/編、国書刊行会、1981(A234.9)
③『新川町誌(中)復刻資料版』平岩嘉一郎/編、碧南市民図書館、1990(A234.9)
④『岡島兵作の町長日誌』加藤良平/編著、1994(A234.9)
⑤『岡本八右ェ門の時代』加藤良平/編著、1995(A280)
⑥市史資料調査室資料
上記の資料を提供しました。また、市史資料調査室にも閲覧可能な資料があるとのことでした。
昔、大浜にあった「狐塚」は、現在のどの辺りを指す地名なのか(2022.8)
碧南市、1974(A318.3H)
②『新町名地番設定旧新対照表 昭和51年2月1日施行旧新川・前浜地域及び大浜・西端の一部地域』碧南市/編、碧南市、1976(A318.3)
③『航空住宅地図帳 碧南市’76』公共施設地図航空/編、公共施設地図航空、1976(A298)
④『愛知県碧海郡大濱町棚尾町土地寶典』大日本帝國市町村地圖刊行會、1934(A293)
⑤『碧南の民話』碧南民話サロン/編、碧南市民図書館、1993(A388)
⑥『大浜町誌』石川松衛/編、碧南大浜町、1929(A234.9)
⑦『碧南事典』碧南事典編さん会、碧南市、1993(A234.9)
⑧『碧南市史料 第1冊(第1集~第19集)』碧南市史編纂会、国書刊行会、1981(A298)
①②③④には地図が掲載されています。
⑤~⑧では、おおよその位置や、新旧の町名の対照がわかる資料になります。
昔の「碧南中央駅」の写真はないか(2021.8)
②『碧海の昭和』樹林舎、2012(A234H)
③『碧海の今昔』樹林舎、2021(A234H)
碧南中央駅は、旧「新須磨駅」(大正4年開業)を知立寄りに100メートルほど移設し、昭和56年に開業。
①のP.116に、碧南中央駅と新須磨駅の写真と簡単な説明文があります。
②のP.204に名鉄新須磨駅という写真と、「開放的なデザインの駅舎は、壁を白く塗られ、おしゃれな印象で、新須磨海水浴場の玄関口にふさわしい建物だった」等の記載があります。
③のP.286には、「新須磨駅」のページ中に「碧南中央駅の」過去の写真と現在の写真が載っています。