FAQ
愛知県・碧南市に関するレファレンス
碧南市の災害の歴史を知りたい(2012.7)
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②『碧南市史 2巻』 碧南市,1970
①には、701年~1976年までの災害年表が載っています。
②では、主な災害を取り上げて、その被害状況が書かれています。
織田信長が14歳のときに、初陣で大浜を攻めたと信長関連の本に書いてあった。そのことについて詳しく書かれている本はあるか(2012.4)
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②『信長公記』 大田牛一/著,新人物従来社,1997
③『戦国合戦大辞典』 戦国合戦史研究会/編,新人物従来社,1989
④『碧南事典』 碧南市,1993
⑤『平氏 長田家異説新説考』 長田平白赤/著,2004
⑥『大浜町誌』 大浜町,1929 ほか
①、②、③に、信長が初陣で大浜を攻めたとの記述がありましたが、その他に詳しく書かれている資料はみつかりませんでした。
また①に、その時、「長田重元がこれをよく防いだ」との記述がありましたので、重元についての資料も探しましたが、系図以外の詳しい資料はみつかりませんでした。(長田重元は永井直勝の父。永田徳本と兄弟という説もあります)
市史資料調査室にも問い合わせましたが、「伝説のようなもので、特に資料は残っていない」との回答でした。
西端藩・本多家の分限帳(藩に属する武士の名簿)はないか(2012.4)
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その後、碧南市市史資料調査室に問い合わせたところ、下記の回答をいただきました。
①江戸時代に、西端藩の本家は江戸にあったため、その時代の分限帳は江戸に置いてきたので、碧南市には残っていない。
②明治時代に入って、西端藩が江戸から碧南に移ってきたのだが、その時代の家臣約100名の戸籍のようなものなら、市史資料室で所蔵している。
碧南の郷土史的な資料で「おひち」という名の二人連れが仏閣や名所を巡り歩く話があるそうだが、その話について知りたい(2012.3)
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上記の中に『お者満・平七郎物加多里』という話が収録されており、確認したところ、このことでした。
江戸時代の三河湾の地図が見たい(2012.2)
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②『西尾三河絵図集成』 西尾市岩瀬文庫/編集,2010
①の付属資料に「三河国正保絵図」(正保元年)「三河国元禄国絵図」(元禄14年)がありました。
②の資料には三河の古い地図が載っています。