No.21 竜神の灯

投稿日時: 2014/11/27 図書館管理者
  昔、西端は岬になっていて、海は南の方へずっと広がっていました。岬に近い海のひとところ深い淵があり、そこには淵の神様の竜が住んでいると言われていました。
 岬のはずれにある小さな家から、網をかついだ若者が元気よく出てきました。
「母ちゃん、行ってくるよ。」
「太作、竜神様にお参りしなよ。」
 舟が淵のところで止まり、太作が手を合せているのを見届けてから、お母さんは家へ入りました。そして、仏だんの前にすわると、
「竜神様、今日も太作をお守りください。」と、お祈りしました。
 太作は、年とったお母さんと二人暮らしでした。お母さんは、女手ひとつで太作を育てました。お母さんの苦労を知っている太作は、早く一人前の漁師になり、お母さんに楽をさせてやりたいと、一生けんめい働いていました。
 太作が海に出た夜、お母さんは、暗い海を見ながら、太作が無事に帰れるよう、せめて、岬に目あての明かりをともしてやりたいと、いつも思っていました。でも、貧しいお母さんには、高い油はとても買えませんでした。
 ある夜、西端の油屋へ見なれない娘が、油を買いに来ました。娘は店に入ると、だまったまま銭と油つぼを主人に渡しました。
「娘さん、油ですか。」と、主人が聞くと、うなずきました。
「あんた、見かけない顔だが、どこの娘さんだね。」と聞いても、一言もしゃべりません。油の入ったつぼとつり銭をもらうと、ていねいに頭を下げ、静かに外へ出て行きました。
 2、3日後の暗い夜、その娘は、また油を買いにきました。やはりだまったままで、油を買うと、岬に向かって歩いて行きました。
 ある夜、油屋から娘の話を聞いた村の若者は、「よし、おれがどこの娘か、確かめてやろう。」と、油を買いに来た娘の後をそっとつけて行きました。しかし、太作の家の前まできた若者は、急に娘の姿を見失いました。「変だな。」と、あたりを見回した若者は、あっと、声をあげました。今まで、まっ暗だった岬に、赤々と灯明がついているではありませんか。おそろしくなった若者は、村へ逃げ帰りました。
 あくる夜、うわさを聞いたほかの若者が、油つぼをかかえた娘の後をつけてみましたが、岬のはずれで姿を見失いました。娘が消えるとすぐ、岬に赤々と灯明がつき、暗い海を明るく照らしました。
 太作が漁に出た日に、決まって娘が油を買いに来ることに気づいた村人たちは、太作を守るために、淵の竜神様が娘の姿になってあらわれたのだろうと、うわさをしました。
 それから後、この岬の灯明は、「竜燈」とか「竜神の灯」と呼ばれるようになりました。そして岬は、「油ケ崎」といわれ、後に「油ケ淵」となったのです。何年か後、美しかった海は、矢作川の砂が流れこみ、新田が干拓されたりして、淵は、陸に囲まれた湖となりました。


参考資料:市民叢書『「碧南の民話』