投稿日時: 2014/12/19
図書館管理者
「今日はあまりつれねぇぞ。おれらもひえきっちまってな。ちょっと、あたらしてくれよ。」
喜七とよし平は、てぶくろをはずすと、新太のとなりにすわりました。しばらくしてよし平がボソと言いました。
「こんな夕ぐれにゃ、油ヶ淵の主がにゅっと出てきそうだなぁ。」
新太は思わす水面に目をやりました。
「油ヶ淵の主って、あのでっけぇうでのかいぶつかい。人の体ぐらいもある指が5本ついていて、針のような毛がはえているってやつだろ。そいつはな、調子づいて魚をたくさんとりすぎると、おこって出てくるんだぞ。こんなつれねえ日には、出てくるはずはねぇよ。」
これを聞いた喜七は、ちょっとおどろいたように、口を開きました。
「へーっ、ここにゃ、そんなかいぶつがおるのかい。おれは、5尺ほどもある大ガメだとか、ヒゴイだとか聞いとるがなぁ。なんでも、淵がいちばん細くなったのど首あたりに住んでおるそうな。そいつをつってしまった者は、それからねこんでしまうって話だぜ。」
そこへ、よし平がふに落ちないという顔で話し始めました。
「そりゃ、ただのうわさだとわしは思うよ。教えてやろうか、油ヶ淵の主はな、大蛇だぜ。うそじゃねぇ、わしのよめごのおっかさんが、小さいころに見たと言っとおた。」
新太が目をぱちくりさせてたずねました。
「おめぇのよめごのおっかさんで、あのおたねさんのことかい。」
「ああ、おたねさんが3つぐらいの時、近よるなと言われておった安養院のうらの池にこわいもの見たさで、こっそり出かけていったところが、にゅうーっと池の中から、出てきたんだと。でっかい顔をしたやつが、かま首をあげて、目玉をぎらぎらさせて近づいてきたんだとさ。もう、おそろしいのおそろしくないのってたら、ちゃっとにげて、そいで、ふり返って見たら、大蛇がぐーっと頭を下げて、水の中にもぐって行ったってさ。」
喜七は、けげんな顔をして、
「そいつは安養院のうらにおったんだろ。なんで油ヶ淵の主なんだ。」と言いました。よし平はすかさず、
「まあ、話は最後まで聞け。それからしばらくしたら、大きな台風がやってきた。その時に、大蛇は、ずるずるとはらをはわせて、油ヶ淵にうつったんだ。そのしょうこに、安養院から油ヶ淵に続く田んぼのいねが、ひとところずっとなぎたおされていたんだ。」
あたりは、すっかりやみになっていました。月も星もなく、ぶきみなほど静かでした。新太がたき火に水をかけると、だれからともなく帰りじたくを始めました。すると、急に風が吹き出し、水面が波だちはじめ、よしがざわざわとなりだしました。3人はものも言わず足早に家へ急ぎました。
参考資料:市民叢書『碧南の民話』より