投稿日時: 2014/12/18
図書館管理者
「あの娘は、どこの娘だね。」
「どこのだれとも分からんよそ者は気味が悪いもんだ。」
その日も、お堂は、おおぜいの人でいっぱいでした。そこへ、あの娘が現れました。人々は、娘を気味悪く思い始めていたので、恐れるような、にらむようなまなざしを娘に向けました。娘は、目をふせて、すぐにいつものようにいちばん後ろにそっと座りました。娘がすぐ後ろに座ったと気づいた人が、あわてて立ち上がり、場所を変えようと娘の後ろを通ったその時、「ひえっ。」と、声を上げました。娘の白いうなじに、きらきら光るうろこが3枚はえているのです。娘は、ハッとして立ち上がると、そのままお堂から出て行ってしまいました。
その夜は、ひどい嵐になりましたが、蓮如さんは、お経をとなえておりました。
「ごめんください、蓮如さま。」
雨音をぬうように、細い声が戸口の方から聞こえてきました。蓮如さんが戸を開けてみると、あの美しい娘が、ずぶぬれになって立っているのではありませんか。
「それではかぜをひいてしまう。さあ、お入りなさい。家の者に着がえを持ってこさせましょう。」
という蓮如さんに、娘は、首を振るだけで動こうとはしません。蓮如さんは仕方なく、ずぶぬれの娘をお堂に上げると娘の前に座りました。娘は、座ったまま後ずさりをし、頭を床につけてひれふしました。
「顔をお上げなさい。私たちは、仏さまの前にみな平等なのですよ。」
娘は、ゆっくりと顔を上げました。蓮如さんは、おだやかなやさしいまなざしで娘を見つめました。
「阿弥陀さまは、生けとし生けるもの、すべてが救われるように願っておられます。なむあみだぶつをとな え、阿弥陀さまが助けてくださっとことに感謝しなさい。あの世だけではなく、この世でも、きっと極楽往生が授かるでしょう。」
娘は、固く結んでいた口を初めて開きました。
「たとえ・・・へびであっても。」
「むろん、へびであっても。この世のすべてのものが光につつまれることが、阿弥陀さまの願いなのです。」
娘がまぶたをとじると、ひとしずくの涙が流れて落ちました。いつの間にか、嵐は止んでいました。娘は、立ち上がって深々とおじぎをすると、静かな夜のやみの中へと消えて行きました。
人々は、北浦(今の油ヶ淵)に住む大蛇が、蓮如さんの徳をしたってやって来たのだと信じました。
参考資料:市民叢書『碧南の民話』