No.9 猿 塚

投稿日時: 2014/12/19 図書館管理者
 むかしむかし、西端の本多忠鵬という若いお殿様がおりました。お殿様の陣屋は、油ヶ淵の西の小高いおかの上にありました。お殿様は、時々、家来の引く馬に乗って、領地の中を見回るのですが、小松林に来ると、かならず、お殿様をお出迎えするものがおりました。それは、一ぴきの子ざるでした。遠くからお殿様のすがたを見つけると「キッキー」と、松の枝から枝に飛びうつって、道のはしで、小首をかしげて、ちょこんと待っていました。
 まだあどけなさが残るお殿様は、そんな子ざるがかわいいらしく、そでの中にいつも豆をしのばせていました。お殿様は、馬を止めさせると、後ろにひかえている、いかめしい家老をふりかえりました。家老がうなずくのを見ると、馬を下り、ゆっくりと子ざるにさしだしました。
 お殿様は、病気がちだった父親にかわり、幼いときから領主として、おとなにかこまれてくらしてきました。いつもひとりぼっちのお殿様は、見回りに出たとき、こうして子ざるとすごすのがたったひとつのなぐさめでした。子ざるが最後の一つぶを食べおわると、「今日はこれでおしまいだ。また持ってきてやるからな。」とやさしく話しかけてやるのでした。
 その年の冬は、たいへん寒くて、なん日も雪がふりつづきました。お殿様は、まどから雪をながめては、「さるは、だいじょうぶだろうか。早くあのかわいいさるに、会いたいものだ。」と思っていました。
 雪がやみ、道がなんとか通れるようになったので、お殿様は、やっと領地の見回りに出かけることができました。帰り道、あの小松林にさしかかったとき、子ざるの声が聞こえてくるはずだと耳をすませました。が、あたり一面、雪げしき。からすの鳴き声だけがひびきわたるばかりで、いつも出迎えてくれるはずの子ざるのすがたは、どこにもありません。代わりに、いつも子ざるが待っていた道のはしに、きらきらとかがやく雪の小山がありました。お殿様は、もしやと思い手で雪をはらってみました。そこには、つめたくなったあの子ざるが横たわっていました。
「雪で食べるものが見つからず。わたしが通るのを待っていたのか。」
 お殿様の目からは、大つぶの涙がこぼれ落ちました。やがて、なみだをぬぐうと、雪をかきわけ、着物にどろがはねるのもかまわず、あなを掘りました。子ざるの体を横こたえてもり土をすると、そでの中から一にぎりの豆をそっとおいてやりました。


参考資料:市民叢書『碧南の民話』