投稿日時: 2014/12/19
図書館管理者
まだあどけなさが残るお殿様は、そんな子ざるがかわいいらしく、そでの中にいつも豆をしのばせていました。お殿様は、馬を止めさせると、後ろにひかえている、いかめしい家老をふりかえりました。家老がうなずくのを見ると、馬を下り、ゆっくりと子ざるにさしだしました。
お殿様は、病気がちだった父親にかわり、幼いときから領主として、おとなにかこまれてくらしてきました。いつもひとりぼっちのお殿様は、見回りに出たとき、こうして子ざるとすごすのがたったひとつのなぐさめでした。子ざるが最後の一つぶを食べおわると、「今日はこれでおしまいだ。また持ってきてやるからな。」とやさしく話しかけてやるのでした。
その年の冬は、たいへん寒くて、なん日も雪がふりつづきました。お殿様は、まどから雪をながめては、「さるは、だいじょうぶだろうか。早くあのかわいいさるに、会いたいものだ。」と思っていました。
雪がやみ、道がなんとか通れるようになったので、お殿様は、やっと領地の見回りに出かけることができました。帰り道、あの小松林にさしかかったとき、子ざるの声が聞こえてくるはずだと耳をすませました。が、あたり一面、雪げしき。からすの鳴き声だけがひびきわたるばかりで、いつも出迎えてくれるはずの子ざるのすがたは、どこにもありません。代わりに、いつも子ざるが待っていた道のはしに、きらきらとかがやく雪の小山がありました。お殿様は、もしやと思い手で雪をはらってみました。そこには、つめたくなったあの子ざるが横たわっていました。
「雪で食べるものが見つからず。わたしが通るのを待っていたのか。」
お殿様の目からは、大つぶの涙がこぼれ落ちました。やがて、なみだをぬぐうと、雪をかきわけ、着物にどろがはねるのもかまわず、あなを掘りました。子ざるの体を横こたえてもり土をすると、そでの中から一にぎりの豆をそっとおいてやりました。
参考資料:市民叢書『碧南の民話』