むかしむかし、棚尾の毘沙門さまのあたりは一面のあし原でした。そこには、人間を一飲みにしてしまう、うわばみがいるといううわさでした。
寺男のもく兵は、うす暗いうちに目をさますと、まず毘沙門さまのところに行って「今日もどうか、たっしゃにやらせておくんなさい。」と、手を合わせ、それから庭一面に散った落ち葉をかき集めるのが、1日の始まりでした。
その日、もく兵は、落ち葉の中におみくじが1まい、まじっているのをみつけました。そこへちょうどやって来たおしょうさんに
「このおみくじは何と書いてあるだか、教えておくれんかね。」と、たずねました。
「どれどれ、やうつり、えんだん、よろずよし、大吉。こりゃあ、いいおみくじをひろったのう。そうそう、悪いがそうじがすんだら、あしをかってきておくれんかや。」
もく兵は、ひろったおみくじが、いいおみくじと聞いて何だかうれしくなり、ちょんまげの先に、ちょっくら結びました。そして、かまとなわを持つと、あし原へ出かけました。
ちょうどその時、畑をたがやしていた長八は、一休みしておりました。こしをさすりながら、むこうの方で、あしをかっているもく兵を見るともなしにながめていました。
すると、びっくりぎょうてん。もく兵のすぐ後ろに、丸太んぼほどもあるうわばみが、かま首をもたげて近づいてきているではありませんか。
「こ、こりゃ、たいへんだ。」
大あわてで、もく兵に知らせようとしましたが、どうしても声が出ません。だれかをよびに行こうとしても、腰がぬけて動けません。もく兵は、一心にかまを動かしていて、少しも気づいたようすはありません。とうとう、うわばみがまっ赤な口をかーっと開きました。長八は、思わず両手で顔をおおいました。
しばらくして、おそるおそる指を開いてみると、うわばみがズズッと後ずさりし、今度は、あごがはずれんばかりに口を開けて、もく兵がめがけてかばっとおそいかかりました。
「もうだめだ。」
ところがそのしゅんかん、うわばみは、頭をたたかれたようにぱくんと口を閉じ、ふにゃっとへたってしまいました。そして、すごすごと、もと来たあしのしげみへ帰って行ってしまいました。
青くなってわなわなふるえていた長八は、うわばみが消えると急いでもく兵のところへかけよりました。
「ああ、長八じゃねえか、けさはいい天気じゃのう。」
「おまんは、のんきなことを言っとるが、おそろしくでっかいうわばみが、おまんのすぐそばにおただぜ。」
もく兵は、ぞっとしました。
「ほいでも、うわばみは、何でかわからんが、どうやってもこうやっても、おまんをのめんかっただぜ。」
そう言いながら、長八はふと、もく兵のちょんまげの先にむすんである、おみくじに気づきました。
「こりゃあ、毘沙門さんのおみくじじゃねえか。」
「ほおだとも。大吉だったで、ここんとこへむすんでおいただぎゃ。」
「うわばみをおっぱらったは、この毘沙門さんのおみくじのおかげかもしれねえな。」
もく兵は、まげの先をさわりながら、
「ほう、ありがてえことだ。毘沙門さんのおかげで、いのちびろいをしたわい。」
その夕方、もく兵は、ほったばかりのさつまいもを、どっさりと毘沙門さまにおそなえしましたとさ。
参考資料:市民叢書『碧南の民話』