No.20 和上さん

投稿日時: 2014/12/18 図書館管理者
 昔、貞照院に天然和上というお坊さんがいました。慧頓和上という徳の高いお坊さんの弟子になって修行をしており、先生の慧頓和上から「私がメッキをした金なら、お前は本物の金だ。」と、その心の美しさをほめられるような人でした。
 ある年のくれ、下男の吉蔵が鐘をついていると、境内の放生池へ向かう人影があります。するとその男は、つりざおの糸を池にたらしました。
「こら、お前はどこのどいつだ。」
 吉蔵のどなり声に男は一目散に、逃げて行きました。
 本堂でその騒ぎを聞いた和上は、吉蔵を呼び寄せてたずねました。
「何をそんなにどなっているのだ。」
 吉蔵がコイどろぼうを追っ払った手がらを話すと、和上は言いました。
「ああ、それはかわいそうなことをした。よほど困っていたのだろう。吉蔵、その男の家を探して、米の1升と、たきぎを持って行ってやってくれ。」
 吉蔵は胸が痛みました。寺の米は、ききんのためにほとんど残っていなかったのです。それでも、和上のたのみとあれば行かねばなりません。
 その日、吉蔵は、しかたなく麦をどっさりとまぜて、ごはんをたきました。麦のごはんはぱさぱさして、あまりおいしいとは言えません。
「ごはんを持ってまいりました。麦のごはんで、お口に合わないと思いますが、かんにんしてください。」
すると和上は、
「いつもごくろうさんだね。うん、本当にうまいよ。」と、にこにこしながら食べました。それを見て、吉蔵の顔もほころびました。
 徳の高い天然和上の名は、方々へ知れわたりました。和上が名古屋へ行く途中、うわさを聞いた大勢の人が、道ばたで手を合わせていました。和上は、おかごを止めると、その人たちといっしょに「なむあみだぶつ」をとなえました。
 そこへ、和上とちがう宗派の若いお坊さんが3人、向こうの方から歩いてきました。すると1人が
「坊主だまして還俗させて、あじのすじでも売らせたい。」と、節をつけて歌うと、3人はそろって高笑いしながら森の方へ歩いていきました。
「なんてことを言いやがる。」
 かごかきの助十と新左エ門は、とびかかろうとしましたが、
「おやめなさい。」と、和上は2人を止めると、かごをおりて、1人で森の中に入っていき、3人の若い坊さんたちが消えて行った方に向かって、手を合わせて祈っていました。助十と新左エ門は首をかしげました。
「和上さん、なんであんなやつをおがんでおいでだね。」
 和上は、両方の目に涙をうかべて言いました。
「あの人たちは、私を悪く言っていましたが、出家した時には、りっぱに仏さまにつかえたいと思っていたことでしょう。だが、今では、あんな風になってしまった。それはとても気の毒なことです。だから私は、あの人たちがりっぱな坊さんになれるよう、あみださんにお願い申し上げて来たのです。」
 助十も新左エ門も、天然和上の仏さまのような心にうたれ、何も言わずにかごをかつぐと、また、先へと道を急いだのでした。


参考資料:市民叢書『碧南の民話』