投稿日時: 2014/12/18
図書館管理者
2人が住む鷲山は、海に浮かぶ小島で、海岸の松林にたくさんの鷲が住みついていたので、この島は鷲山と呼ばれていたのです。
男は空を見上げて言いました。
「きょう、ボラを釣ろうと思ってな、さおを用意してきた。」
「なら、今から釣っておいでんよ。あとはおらがひとりでやれるから。正太なら、腹いっぱいになると寝るから、その間にひと仕事できるよ。」
「なら、そうするか。ところで、3、4日前に関さの犬が鷲にさらわれたのを知っているか。荒井の大松にどでかい鷲が住みついているというが、鷲が近づいたら、正太のそばをはなれるなよ。」
「だいじょうぶだよ。」
女房は、ぐっすり寝ている正太をねんねこにくるむと土手においた竹かごにそっと寝かせました。空に鷲の姿はありません。女房は安心して、畑へもどって行きました。
それから間もなく、女房が後ろ向きになった時をねらっていたかのように、羽の大きさがたたみ一枚半もある大きな鷲がまいおりました。ギャーという赤ん坊の悲鳴と、バサッバサッという羽音に、女房がふり向いたとき、大鷲は、正太をつかんだまま大空高くまい上がっていました。
岩の上で釣りをたれていた男は、泣き叫びながら砂浜を走ってくる女房に気がつきました。
「あんたぁ、正太が、正太が。」
「正太がどうしたっ。」
「正太が、鷲に・・・」
男は叫び声をあげながら走り出しました。家へ帰ると、弓と矢を背負い、まっすぐ、荒井の大松をめざして走りました。荒井の松林の中でも、ひときわ高い松の頂上には、枝のところどころに、赤い布きれがひらひら風に吹かれています。
「正太・・・。」 男は、つぶやくようにわが子の名前を呼ぶと、鷲にねらいをつけ、キリリと弓を引きました。矢は、風を切り、大松の枝にいる鷲の体をみごとにいぬきました。グエッとぶきみな鳴き声とともに、枝の折れる音がし、ドシーンと落ちてきたのは、犬ほどもある大きな鷲。枝にからみついているのは、見おぼえのある正太の着物。男は着物をだきしめ、声をあげて泣きました。
泣いている男のそばを、一人のお坊様が通りかかりました。話を聞いたお坊様は、静かに念仏をとなえました。このお坊様は世に名高い蓮如上人でした。
子どもを鷲にさらわれた日から、女房の姿は島から消え、男はひとりぼっちになってしまいました。その後、男は蓮如上人の弟子となり、お坊さんになりました。何年か後、男は、荒井の松の根元に塚を建てました。鷲山が鷲塚と呼ばれるようになったのは、この塚ができてまもなくだったそうです。
参考資料:市民叢書『碧南の民話』