投稿日時: 2014/12/18
図書館管理者
ある晩、佐々木にある上宮寺(現在の岡崎市上佐々木町)のおしょうさんが、本堂でお経をあげていたところ、庭の方から何やらささやくような声がしました。
「だれか来たのかな」と思って腰を上げ、庭に出てみました。しかし、人かげはありません。
「やれやれ、空耳だったか。」
と、ひとり言を言っていると、今度は本堂の中から声がしました。低い小さな声でしたが、「にしばた、おおかじ」と、ささやくのです。あんどんで本堂の奥まで照らしましたが、やっぱりだれもいません。おしょうさんは少し青ざめてきました。そして、一心にお経をとなえました。
ところが、また庭の方から、
「にしばた、おおかじ、にしばた、おおかじ。」
と、低い大きなお声がしました。
「そういえば、この寺には、如光という西端で生まれ育ったりっぱな坊さまがおいでたが、ひょっとして、その如光さまのおつげでは・・・。」
おしょうさんは、ちょうちんに火をいれると、わらぞうりをつっかけて、夜ふけのあぜ道をひたひたと走りました。やがて、佐々木の火消しのかしらの家につくと、どんどんと戸をたたきました。
「かしら、かしら・・・、すまんが、起きてくれ。上宮寺のおしょうじゃ。」
とび起きたかしらは、おしょうさんから一部始終を聞きました。
「そりゃ、てえへんだ。如光さんのおつげにちげえねえ。すぐに村の衆を集めて火消しの手伝いに行かせましょう。」
夜中でしたが、すぐに人が集められ、大八車におけをたくさん乗せて、3里の道をひた走りに走りました。そして、西端まできたところ、夜が明け始めたのか、うす明かりの中にとりいが見えました。
「のお、これだけ西端のそばに来たのに、火の粉一つ見えんぞ。」
「あわててとんで来たが、やっぱりおしょうの空耳じゃねぇか。」
みな、お宮の石だんに腰を下ろして、手ぬぐいで汗をふき始めました。かしらはひとり、うで組をし、うつむいて考えこんでいました。が、心を決めたように顔を上げると、きりっとみなを見すえて言いました。
「西端は如光さんのふるさとだ。そのふるさとが一大事だというんで、如光さんは、わしらをたのんでおくれたんじゃねえか。何事もなければ一安心だが、何かあったときにゃ、申し訳が立たねえ。」
かしらのひとことで、みな、だまって立ち上がりました。そして、大八車をおして走り出したとたん、ドオーンと大きな音とともに、西の空に大きな火ばしらが立ちました。
「火事だ、西端が火事だぞ。」
佐々木の火消したちは、大急ぎで、火の粉の飛びかう西端に向かって走り出しました。
「井戸をさがせ、ぐずぐずするなっ。かねを鳴らして、知らせるんだ。」
はんしょうの音で、西端の火消しもすぐにかけつけました。後になって、なぜ西端の火消しより先に、遠くの佐々木の火消しがかけつけたのか、人々はふしぎに思いました。それが如光さまのおつげであったことがわかって、西端の人々は、後々までこの話を語り伝えたのでした。
参考資料:市民叢書『碧南の民話』